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哀悼 キャンディーズ逝く [Dreaming 夢で逢えたら]




女優の田中好子さんが亡くなった。








学生時代、東京赤坂のTBSでアルバイトをしていたことがあった。
ラジオ局ラジオニュース部。毎週土曜日は遅番勤務。午後から入り午後9時半には勤務終了。
ちょうどその時間に人気番組で公開生放送の「ヤングタウンTOKYO」が始まるのである。


当時はラジオの全盛期でTBSホールはファンが詰めかけて大変な熱気に包まれていた。
そんな所へ担当でもないのにスタッフのいるSub Studio(副調整室)やキャストのいる楽屋に紛れ込んで雰囲気を楽しんだりしたのであった。


それは正しくキャンディーズの全盛期でもあり、デビューしてキャピキャピのアンルイスなんかもいたりで
それはもう華やかで賑やかな大部屋の楽屋であった。
ニュース担当のアルバイトで関係者でもない私なのに、当時のアン・ルイスはとても賑やかな女の子
楽屋中に響くような大きな声で「おっはよう!ございま〜〜〜す!」と挨拶してくれるのであった。




それにしても舞台へ出る間際の薄暗がりで見るキャンディーズにはオーラがあって、私は彼女達の雰囲気に呑まれていたものだ。
お気に入りだったスーちゃんは瞳がキラキラ輝いていて、それこそ眼をクラクラさせながら見つめていたものだ。


当時の公開生放送は残念なことにラジオであるから映像はおそらく残っていないのだろう。
この映像はフジテレビの「夜のヒットスタジオ」 解散直前?33年前かな?
鮮明な映像をありがとう。









「微笑がえし」1978









海外の知人の為に説明させて頂くが、田中好子さん、スーちゃんは右サイドの女性だ。
最も健康そうな彼女が先に逝ってしまうなんて・・。





その後のある日、TBS局舎内から次の仕事へ急いで向かおうとするキャンディーズを見つけた。
その頃はそろそろ就職活動バイトも終えねばならない頃だった。
サインをもらうならこれが最後のチャンスと思い、追いかけてサインのおねだりをした。
色紙は特大サイズであった。


「すいません!サインを御願い出来ませんか?」


彼女達は顔を見合わせていた。男性のマネージャーは「駄目!駄目!時間ないから!」
時間がなくとても急いでいるようであった。

だが、3人は私の顔を覗き込んで特大サイズの色紙を見つめた末にマネージャーに
「お願い、ちょっとだけ」と頼み込んで、3人で書き込んでくれたのであった。


凄く丁寧に書き込んでくれた。
頼んでもいないのに「名前を教えてください」と問いかけてくれて、私の名前まで書き込んでくれた。
キャンディーズを生で見たのはそれが最後であった。
翌々年には彼女達は解散してしまったから。






トップアイドルが垣間見せてくれた優しさ、その時の雰囲気を今も忘れない。
文字通り同世代のアイドルだった。


実を言うとその後に仕事上で芸能人とは多々インタビューなどでお会いしたことはある。
しかし、その後に女優となった田中好子さんとお会い出来るチャンスはなかった。
一度でいいからキャンディーズの再結成を見てみたかったな。


その後に彼女は女優として見事に開花した。
乳がんで両乳房切除という悲惨さは微塵も見せなかった。
「ちゅらさん」の頃よりずっと前から既にガンと闘っていた人生だったのだね。






今月8日の誕生日、その板に彼女の最期の?一言が残っている。




いずれ私もこの世と別れを告げるから、向こうでもしお会い出来たら学生時代のようにもう一度サインをお願いしよう。昔と同じくキラキラと輝く瞳なんだろうな、きっと。










ご冥福を御祈り致します。合掌。






100,000年後の安全 Into Eternity [Environment 環境]




福島第一原子力発電所の危急事態が継続している。無事に終息するのか現時点では誰にも分からない。
一つ言えることは世界唯一の被爆国であった日本が何と人類史上最大級の原子力災害危機に陥っているということだ。
大地震、大津波で世界から同情を集めた日本だけれど、この事態を何と言ったらいいだろうか?
唯一の被爆国が現状で世界最大の放射能汚染大国に成り下がってしまっている。
一歩間違えれば、チェルノブイリを上回る危険さえ継続したままだ。


こういう時に東京では放射性廃棄物の最終処分場を描いたドキュメンタリーが上映されて注目を集めているらしい。

何とまあ、もし終息したとしても廃炉に10年かかるというのだが、そんなことより放射性廃棄物の安定化に10万年かかると言うのだけれど、一体誰が10万年の管理責任を取れると言うのだろうか???


















 








フィンランドは何度も行ったことがあるし、北極圏をヒッチハイクでトレーラーに乗せてもらい長距離を走った事もある。
運転手はノルウェー人だったけど、日本の人口を問うてきて「そんなにいるのか?信じられないよ」と反応してみせた。
そんな北欧でも、原発はあるし、放射性廃棄物をフィンランドでは地下500mで処分を進めているということをこのドキュメンタリーで初めて知った。


地方在住の者には東京まで出かけて行って観るのは簡単ではないのだけど、YouTubeでこの映画をアップしてくれていた。
CCのクリック英語でも日本語でもスペイン語でもロシア語でも翻訳キャプションを出せるのでご覧になる方は
それを使うと便利だし内容を理解出来るだろう。










  
 
















 









フィンランドは人の数より湖の数の方が多いと言われるほど、自然豊かな国だが、そんな人口密度の低い所でも
地下で放射性廃棄物を処分するというプロジェクトを進めていたのだ。
フィンランドに地殻変動があるかどうかは知らないが、放射性廃棄物が安定安全になるまで10万年が必要?とされるそうだ。
そんな人類が生き残っているかどうかさえ分からない未来にまで現代の構造物が残っているとは考え難い。
ドキュメンタリーは原子力の問題を抱えながら人類が安全に暮らし、この先も生きて行けるかどうかを問いかけている。

































現代人が必要とするエネルギーとして原子力を使い続ける限り、死の灰は大量に生み出されて行く。
20世紀、21世紀に生きている私たちは未来に責任を果たしていると言えるだろうか?
他の生物を次から次へと絶滅に追いやり、人類だけが繁栄してそれでいいのだろうか?
そして、地球の支配者たる人類は自らの未来を脅かす恐るべき多数多種類の毒を出し続けている。
放射性廃棄物は核爆弾と共に自らの未来を毀損する自縛行為だ。



このドキュメンタリーは現代人に哲学的な命題を投げかけている。
原子力エネルギーに頼る現代人。その子孫に脅威を与え、負の遺産を大量生産し続けていることが分かっていながら、それを止めることが出来ない。




















日本でも岐阜県瑞浪市に超深地層研究所なる実験施設が稼働している。






これは原子力研究開発機構が建設して1000mもの深い穴を掘ってフィンランドに先を越された形ではあるが
同様に放射性廃棄物を数万年から10万年という長きに渡って安全管理しようというものだ。
ガラス固化等の技術を使えば数百年の単位で廃棄再利用が可能ということだそうだが、そんな未来の子孫に恐るべき負の遺産を引き継がせる権利が現代人にはあるというのだろうか?
私にはそれは狂気の世界にしか思えない。



日本人は広島、長崎で使われた核爆弾の恐ろしさを世界に訴えて来たが、福島で今や未曾有の天災が引き金になったとは言え、人災つまり自らの落ち度により放射能汚染で世界に脅威を与え続けている。
世界で増殖し続ける人類は20世紀前半の人口つまり、半減させれば原子力エネルギーなど必要なくなる。


私たちは私たちが未来に生存すること、それをどう考えるべきか一つの分岐点に立っているのではないだろうか?
もう既に日本人はそういう分岐点に立っていると考えたいし、仮にも原子炉爆裂などの事態が起きて更なる悲劇となれば、私たちの文明とは何なのか?根本を問われることになるだろう。


今、TVで福島の被災者の方が「原子力などなくても、私たち家族が生きていければそれで良いのだ」と語っておられた。そのとおりだと思う。









悪夢の悪夢 Nightmare Nightmare [Accident 事件事故災害]






福島第一原発の原子力災害を見ていると避難を余儀なくされた方々でなくともまるで悪夢を見ているかのようだ。
だが悪夢は時として現実となるのにも驚く。
今は亡き巨匠、黒澤明監督が描いたオムニバス映画「夢」の一編「赤富士」は今こうして見ると驚きを隠せない。










 
「赤富士」 "Mount Fuji In Red" from "Dreams"  1990

 








晩年の黒澤明は観客にまるで演劇舞台を観劇をさせるかのような演出になり、
往年のダイナミックな活劇演出が失われてしまったので余り好きではないのだが、この赤富士はどうだろう。
Facebookに載せたこの場面に、ロシアの知人は「夢には気をつけるべきだ。空想ファンタジーの小説や映画は現実になってしまう。」と書き込んでくれた。


「赤富士」では6基の原子炉が次々と爆発し、大量の放射能が人々に降り注ぐという悪夢だ。
この映画は黒澤明が見た夢を下敷きにして製作されたそうで、巨匠は墓場の陰で今何を思うだろうか?
福島第一原発の原子炉は6基だ。何の因果だろうか?2基は小康状態だが、4基は危機的事態が進行している。


それにしても、この事態は天災だけがもたらしたのではなく、スマトラ沖大地震後の対応を怠った無策がもたらした人災でもある。
あれだけの大津波がインド洋で壊滅をもたらしたのに、国内原発関係者は無視したままであった。
命よりも経済、お金を優先した社会が招いた大惨事なのだ。自らの技術を過度に過信し、想定外の出来事に対応出来ない様は、ある古典的SF映画を思い起こさせる。





 



 
   
「禁断の惑星」 "Forbidden Planet" 1956
 









「禁断の惑星」はSF映画史上に輝く最高傑作だと個人的に思っている。
この映画はあの時代に早くもロボットを登場させて、SF映画に必要な要素をふんだんに盛り込んでいる。
いや、太陽系外惑星そこに住んでいた先住民族(宇宙人)、宇宙船、怪物といった要素だけではない。
そこには哲学的な啓示もなされている。
高度に発達しすぎた文明が行き着いた先に最期は何が起きるのか?


地球から惑星アルテアにたどり着いた乗組員は次々と謎の怪物に襲われる。
それは先住人のクレール人が残した文明の遺物であった。潜在意識の怪物。
それはアルテアで生き残っていたモービアス博士の潜在意識が生み出したイド(自我)の怪物なのであった。
博士自身が生み出してしまったイドの怪物が乗組員だけではなく博士の娘さえも襲うという恐るべき事態。
最後の運命や如何に・・?










 
 








高度に発達した文明が辿った末路。自らの最先端技術を過信したが為の滅亡。
SF映画の早期に思索深遠なこのようなシノプシスを持ち込んだ「禁断の惑星」は故に傑作中の傑作と言える作品となった。
後のSF映画、例えば「スターウォーズ」「2001年宇宙の旅」などに多大な影響を与えたものと拝察する。


それにしても福島原発事故の様は自らの文明技術を過信して惨禍を予測せず、漫然と経済効率を優先してきた付けと言えないだろうか。
その付け、代償は余りに大きい。
想定不適当事故は現実になる。国内の、いや世界の名だたる企業が思い知ったことだろう。
思い知ったが、もう既に東京電力も政府も背水の陣どころか、崖っぷちから落ちて両手で崖にぶら下がっている状態だ。
福島では「禁断の惑星」と同様で目に見えない怪物との闘いを余儀なくされている。
繰り返し繰り返しの襲撃を受け続けている。この怪物を退治出来るのか?日本は再び這い上がれるのか?

日本人だけではない。世界の人々が不安をもって注視している。この結末は映画のようなことになるのか?どうなることだろうか?











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