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人々の葬儀 Funeral in the World [Life 人生]





英国で火葬場の熱を温水プールに利用するかどうかで議論が起きているそうだ。
日本でもゴミ焼却場の熱利用はあると承知しているが火葬場の熱利用というのはあるのかないのか?
因みに名古屋ではそういう施設にはなっていないと思う。


まあ人の死と言うか結果的な死体利用とも言える訳で、頭で了解はしても心の何処かで理解を拒否したいという部分は残るのだろう。




それより実はこのニュースで気になったのは英国の火葬のことであった。
英国はプロテスタントの国なのでほとんど土葬だろうと考えていたのだけど、ネットで調べてみたら現代では70%が火葬なんだと。
それには驚いた。米国はプロテスタント保守派が頑強で火葬は20%に止まっているそうだ。
米国の方が保守的?で、歴史伝統の長い英国が古い儀式形式を変える思考があったりするだろうか。意外だった。




それにしても世界では様々な宗教的形式と観念で遺体が処理される。
YouTubeで貴重な映像を見つけたが、それにしても私たちはどうのような形でこの世に別れを告げて
あの世に送られるのがよいのか?改めて考えさせられた。


映像は日本人の方が撮影したネパールの首都カトマンズでの火葬場のようだ。
業務でカトマンズには出張したことがあったが、公の場で人の目につく所で火葬が行われることが何とも驚きというか興味深い。








■今回の映像は人に寄っては残虐に感じる場面の映像です。ご注意ください。
CAUTION!!
There are brutal scenes?
  
Kathmandu, Nepal





その昔、今では国内最大ダムの底になってしまった村では土葬であった。
そこを訪ねてそれが意外でもあり、必ずしも日本人全てが火葬であった訳でもなかったことを改めて感じ入った。
日本人の多くは今でも火葬が当たり前だけど、最近は散骨という形式も取り入れる方が徐々にではあるが出て来ているようだ。
時代と共に葬儀、遺体遺骨の処理の仕方も変遷して行くのだろう。




その昔、知人の新聞記者がチベットに出張して鳥葬という当時は日本ではほとんど紹介されていなかった葬儀を取材して記事にしたことがあった。
その後、週刊誌でもグラビア記事になったりもして、知られるようになったと思う。鳥葬とは?その映像だ。








 
Sky Burial in Tibet, China







知人の記事では鳥葬というのは、魂を天に届ける為の儀式であるとしていて鳥がそれを空に届けるということを理解し、それを納得した憶えがある。
改めてネットで調べてみると、鳥が遺体の食べ残しをしないように裁断化するとある。
神聖な儀式なんだろうけれど、慣れない私たちが見ると残虐に見えてしまうかな。
まあ、日本ではハゲワシがいないし、猛禽類も絶滅状態に追い込まれているからやろうとしてもできない。
カラスに食われるのは何とも嫌な感じがする(笑)。
鳥葬は法令もそれを許していないんだろう。




少数民族の風習ということになるのかも知れないが、世界の文化、死への概念観念を知る上でも貴重な映像だと思う。
中国のチベット族の鳥葬だ。これも気分を害されるかも知れないのでご注意頂きたい。








CAUTION. There are brutal scenes.
Sky Burial by Tibetans in China







私たちはどのようにしてどうあの世に送られるのだろうか?
日本人の方であれば、ほとんどが火葬だろうけれど、最近は無縁社会で直葬という形式も増えて来ているようだし、墓地にあの様な立派な墓石を建てるようになったのも近年のことだ。


時代と共に各国でも死の儀式は変遷して行くだろうか。
例えばウクライナの知人は東方正教系なので土葬になるのだけど、それが嫌なんだそうだ。
肉体がゾンビの様になるのを想像もしたくないらしい。個人的には火葬が良いと言っているが、家族次第ということもあるんだろう。


我が家の墓石は既に建立してしまったのでそれは変えようがないが、最期は我が身をどう委ねるのか考えものだ。
余り考えたくもないのだけど、考えなきゃいけないんだろうね。










新年快楽 Count Down 2011 [Life 人生]

     

  
Happy New Year 2011








皆様 新年明けましておめでとうございます。新年はどちらでどうお迎えになりましたか?
昨年中はブログに読んで頂きありがとうございました。今年も手抜きのブログですがよろしくお願い致しますね。












  
Taipei














Bangkok 














   
Dubai














  
Hong Kong














Sidney














 
Moscow














 
London














New York














人生には2つのビッグイベントがある・・ [Life 人生]

最近、悲しい出来事が続いている。


私たちの人生において、これだけは保証できるという話がある。
人生には2つのとても大きな出来事があるということだ。

そして、既に私たちはその一つを体験し終えてしまっている。
そして、遅かれ早かれいずれもう一つを迎えることになる。


あなたも私も同様なのである。
それは何かと言うと、私たちは地球という星に生を受けたということだ。

そのビッグイベントは既に行われて、次なるビッグイベントはと言うと、その生が使命を終える時なのである。


私たちは日々の生活、出来事に追われて翻弄されることが多いが、
生と死という人生のビッグイベントに自らの運命、そこに思いを馳せることは余り多くないだろうと思う。


しかし、人によっては3つ以上の大きなイベントがあると主張される方もおられるだろうか。
愛する者の死は自らの死と同様であると・・。

それでも、自らの大きな2つのイベントを超えるものはないとここでは敢えて断じておこう。
それはすべての生物に共通する宿命なのである。
哀しいことに・・。




 



先日、ロシアはペルミのナイトクラブ火災でモスクワに運ばれ治療を受けていた知人のお友達のことを
書き込んだのだが、その方はその翌日に亡くなったそうだ。

全身70%の大火傷だったのでホープレスかも知れないと感じていたが、残念な結果になってしまった。
余りに若過ぎる24歳での死。お気の毒なことだ。
知人はそこでのパーティに誘われたのに、たまたま参加しなかったことで、人生は生まれ変わりになったと
話していたが、まあそういうことも感じるだろうね。

2つ目のビッグイベントに参加することは偶然にも避けられたということなのかな。





 昨夜、かつての職場の後輩から携帯電話に訃報の連絡があった。
その電話で、一緒に並びの机で働いていた同僚2人が続いて亡くなったことを知った。

一人は採用一期上の先輩で高校でも2学年上の先輩だった。
昨年に肺がんを患ったという話は聞いていたが、その後の話はなかったので治癒したのかなとは思っていた。
が、最期は脳にまで転移していたそうだ。
知らなかった。

高校は進学校だったので、3年生になるとクラブ活動からは事実上引退同様となることから
乱打をし合うことはほとんどなかったが同じテニスクラブで活動させてもらった。

それから数年後にまさか同じ職場の同じセクションで働くことになるとは思わなかったが、
テニスでは週末や大会出場で汗を流し合う仲だった。
もうラケットを持って打ち合うことも出来なくなった訳だ。哀しいな。


そして、その連絡電話で同期採用の女性が2週間前に亡くなっていたことも知らされた。
彼女は短大だったので私より2歳若い、そして美女中の美女だった。
彼女ががんだという話も漏れ伝え聞いていたが、これもその後の話がなかったので危機を克服できたものと
思っていたのだが。


私が海外赴任生活から帰還した時に同期の皆で歓迎会を開いてくれたのはついこの間のような気がする。
彼女は私の職場の先輩と結婚して寿退職していたのだが、その時にわざわざ駆けつけてくれたのは
どうしてだっただろうか?
こういうことになるのであれば、その時にもっと話し込んでおけば良かったと悔やまれる。


連絡をくれた後輩は総務セクションを担当しており、最近は密葬にするケースが多いのだそうだが、
彼女も近親者だけによる密葬だったそうだ。
だから職場の誰も葬儀に参列していないそうだ。哀しいな。最期のお別れも出来なかった。
そう言いながらも、私の時には直葬でもいいかな。そういう最期の流儀も出て来ているようだし。


今月立て続けに亡くなった二人。
かつては同じセクションの同僚だった。若い頃は皆でテニス合宿やら海水浴やらで遊びまくったものだ。
亡くなったこの二人は名古屋では一世を風靡した人だったからこそ、ひっそりとした死が哀しみを誘ってくる。



人生とは何と儚いことだろうか。
50代に入って亡くなるというのは余りに早過ぎる。
余りに早過ぎて多くの哀しみを多くの人たちに残して逝ってしまうのだが、
遅かれ早かれ、私たちの人生はもう既に定められている。


そのことを噛み締めて、これからも、人生を大いに楽しんで生きていこう。
人生というのは幼少の頃に予想していたよりも短く儚い。
つまり誰にとっても残されているのは僅かな!時間なのである。


2つめのビッグイベントを淡々として受け入れられるように、悔いなくやってみたいことは何でもやってみよう。
少なくともやりたくないことはやらないことで早々にセミリタイアしたし、
何にしても楽しめることを楽しむ人生にしたいものである。



『ある日どこかで』  " Somewhere in Time " 1980 USA
           " The One You Love "    1982 by Glenn Frey 



「ある日どこかで」は時空を超えたラブストーリー。
半世紀以上も前に活躍していた女優と時空を超えて恋に落ち入る物語。
この頃のジェーン シーモアは美しかったな。

曲である " The One You Love "と 映画の ” Somewhere in Time ” とはまったく関係がない。

どうしてこの組み合わせを考えたのだろうか?

このYouTubeを作った人は台湾香港ではなくて中国の人のようだが、
何だか雰囲気は絶妙にマッチしているね。その想いは如何なるものなのだろうか。


主演のクリストファー リーブは52歳で亡くなったそうだ。
晩年は車椅子姿しか見ていなかったのだが、それでも52歳は若過ぎる。
2週間前に逝った同期の彼女も同じ歳だったかな。



2つめのイベントを終えて旅立って逝った人たち。


時空を超えて、旅立った人たちにもう一度逢いたいものだ。
時空を超えて、若い頃を思い出し思う存分エンジョイしたいものだ。



だが、このブログを書いている私も、そしてこのブログを読んで頂いている皆さんも、
いずれ2つめのイベントを迎えて旅立つことになる。


私は輪廻とかあの世とか、実は余り信じない方なのだが、
死を身近で見つめる時、そういうことを信じたくなる気持ちは痛いほど分かる。私もそうだからだ。



宇宙という壮大な営みの中で、余りにも儚い命。
愛おしくも儚い命の触れ合いが私たちの暮らしのそこかしこにある。


そして、残念なことに人生の2大ビッグイベントだというのに、私たちは自分自身の
そのどちらも自覚認知し、記憶することが出来ない。
自らの生も死もじっくり認識することが出来ないという、ある意味の矛盾。
命とはそういう定めなのか・・。



この世にある余りにも儚い命。
だからこそ、それを大切にして生きていこう。






Bohemian Rhapsody [Life 人生]

何ヶ月ぶりのブログアップだろうか。
張り付けの仕方も忘れるほど久しぶりの日記である。
書き込むのをしばらく放棄していたのにもいくつか理由がある。

本音を言うとここで、私の人生の変遷を語っていきたかったのだが、危機管理上の問題が出て来ている。
とあるSNSでも日記を書いていたのだが、そこに一人のパラノイアがいる。
個人の誹謗中傷を平然と行う奴なので、関わるのが嫌になっている。
自分の人生をここで語っていくと、漏れ伝わり逐一知られることにもなるだろうから、考え込んでいた。

以前の私は常に世の中の前面に出て、反社会的な存在とも時に対峙していた訳だが、
今は逆だ。極めて個人的な小さな世界に身を置いて縮こまっている。
人生のベクトルが真逆になってしまっているよ。


さて、ここで何処まで書き込むか今も迷っている。
このところは、海外にいる多数の知人とSkypeで話し込んだりチャットで近況を語り合っていた。

事実上、無料で海外とTV電話が出来るのであるから、時代は変わったものだ。
30年以上も前、米国を放浪した時に、ホテルからコレクトコールで実家に電話した時など
料金をいくら取られるか分からず、恐ろしくて15秒ほどで切ってしまったことを思うと
隔世の感がある。1ドル240円の時代だった。
こんなことは当時から考えるとほとんどSF映画のようなものだったが、確かに30年も経過したのだから
当然かな。
その時のSFのような未来に今、私は生きているのだから。


DSC04573.JPG



















my dog Lara. she is too much aggressive. just bohemian. sometimes destroyer! everything will be destroyed.                                                      




さて、書くのを逡巡してきたと言うかエネルギーをなくしていた理由がもう少し。
一つは愛犬の問題だ。

ララは我が家の歴代の犬の中でも破壊工作では群を抜いている。
手間隙のかかることではは並ぶ犬がいない。
あわよくば、介助犬にという当初の目論みはほぼ3週間で潰えた。

一言で言うとアグレッシブと言うか暴れ犬なのである。
飼い主を攻撃するという意味ではなくて、とにかく周りにある物何でもちょっかいを出したくなる。
動いている物は当然だが、室内で飼っていたころの荒らされ方は半端ではなかった。
被害はここに書ききれない。
躾けをするにも、ほとんど効果がない。
何度、指導しても気にしない。思いあまって手を挙げても直後には尻尾を振って自由奔放、何事もなかったかのような振る舞いだ。
トイレの躾けも滅茶苦茶になり、またケージに入れておいて私の姿が見えなくなると、真夜中だろうが何だろうが啼きわめく。近所迷惑も甚だしい。
風呂にも入れない。
室内ではPCケーブルから何から破壊され、ケージさえも破壊を続ける。
ケージの中でさらに鎖をつけて!出かけてもケージを破壊して、室内をケージごと引きずり回し、
室内はボロボロにされる。
よって、リビングルームはスラム化してしまった。
ちょっと買い物に行けば、部屋はテロで爆発があったかのような修羅場だ。
8月半ば過ぎ、介助犬の適性なしと諦め、室内飼育を断念することにした。

しかし、今の状況では庭で飼えば、庭が滅茶苦茶にされてしまう。
考えたあげく、2階のバルコニーで飼うことにした。
我が家は築50年近くて古いのだがバルコニーは相当広い。ほとんど庭と同じくらいの広さがある。
ここで放し飼いにしたところ、無駄吠えがまったくなくなった。
通りを近所の人や散歩の犬が通りかかっても眺めているだけで吠えることがない。
しかし、破壊工作は目の前に何かがあればどこでも何でもやってしまう。
先日、PCのネットが突如繋がらなくなってしまった。様々調べるが原因が分からない。
そしてもしやと思ったことが現実だった。
バルコニーの手すりの外側を走っている光ファイバー。これをを物の見事に噛み切ってしまっていた。
よしずやら物置の中にあった靴など、ここまでやるかと思うほどの破壊工作だ。
介助にはまったく向かないがテロ活動には向いているかもしれない。
以前飼っていたシェルティとはこれも真逆の性格なのである。


で、このところ、参っているのが糞の始末だ。
普段は1階のリビングにいるので、2階の様子が分からないのだが、成長と共に糞の量も当然増えるのだが、
ちょっと間をおくと、バルコニーが一面トイレ化してしまっている。
最近顕著なのが、数カ所に分散して糞をしたあとでその上を走り回るためなのかどうなのか、
乾燥してバラバラになった糞が米粒大になってバルコニーの10〜20㎡にわたって散らばってしまっていることだ。どうも遊びでバラバラにしているのかもしれない。
この掃除に下手をすると30分もの時間がかかってしまう。
酷い時にはトイレットペーパーの量その後に清掃に使う水の量と、人の量を10倍も上回るほどの量だ。
人的金的コストは甚大なのである。
もしや介助の一助にでもなればと考えた犬が逆に足を引っ張ってくれる結果となってしまった。



 一人で行う介護がしんどいのは介護の状況を分かち合う存在がないことだ。
物理的な問題よりも精神的な問題の方が大きい。
介護が深刻な社会的問題であり、その中に突如直面してしまった上に上記のような有り様だ。
介護を受ける本人にも愛犬にも何の罪もないのだが、それをケアする側の人生は確実にすり減っていく。
自宅を半日と空けることが出来ない。
雁字搦めなのである。


実は夏場に精神的にすり減っていた私は1週間ほどユーラシアへ旅をしてきた。
この3年ほど一度外へ出ると何ヶ月も旅に出たままだった頃と比較しようがない短いものであったが
リフレッシュはできた。
しかし、そのちょっとした旅に出るにも旅自体の準備手続きより、介護と犬を委ねる手続きの方が大変だ。
1週間のショートステイも9月は施設を見つけるのが困難だった。
名古屋市内で見つからず何とか県内で見つけたが、本人を含めた面接、契約など手続きは煩雑を極めた。
結局、介護と犬の手当では旅の準備のエネルギーの数倍も必要だった。
また、その間のコストも私一人の旅行経費に匹敵する額にもなってしまう。
要は海外だろうが国内だろうが、一晩家を空けるためには相当な覚悟が必要なのである。

愛犬を預けた郊外のドッグスクールでは引き取る時にこう言われた。
「4ヶ月の訓練を受ければ躾けはある程度できますが、このようにはしゃぎ回る性格は一生直りません。


私の人生のキーワードの一つが自由奔放であった。
ボヘミアン的な生き様がまるで人生の指標のような感じを抱いて来た。
愛犬もそういう性格はいいのだが、他者に迷惑がかかるようではダメだよね。
Bohemian Laraは 生きる上でのルールを分かるようになってくれるだろうか。




Queen  Bohemian Rhapsody
 




 海外にいる知人たちにもこのブログのことは伝えているが、英語で正確にまた面白く書けるほどの才覚はないのでブログも日本語である。
しかし、知人たちは写真やらYuoTubeなどから時には何とか言わんとしていることは読み取ってくれることもあり
(ほとんどは写真や動画を見るだけらしいが)
「何で最近はアップしていないの?」と、先日言われたばかりだ。
「OK、週末には書くよ」と約束して2週間も経過してしまった。



さて、以上のような状況が近況なのだが、様々な人生の選択肢、それを鑑みた結果、
海外ロングステイの決行に傾いて来ている。

週3、4日ほどのデイケア、デイサービスでも本人負担は月額4〜5万円が出て行く。
実は外国ではこの額は東南アジア、中央アジア、中南米、東欧、アフリカなどの世界では
毎月2〜3人分の給料に相当する額であったりする。
また有料老人ホームでとなると、名古屋市内では月20〜30万円の費用負担となるが
この額はそういう世界ではプール付き豪邸に住める額ともなる。
様々斟酌すると海外に住むという選択肢がかなり魅惑的なものなのである。


何しろ、今の私には何の自由もない。籠の中の鳥である。
春までは野に放たれた野鳥のごとくで、それも巣に帰るのは久しぶりという暮らしであった。

で、海外移住すれば、籠の中の労働(それも無収入!)から解放されて、自由に籠の中と外を出入り出来る訳である。
よって来年にはと、ケアマネジャーさんにも時々話したりしているし、
先日は介護行政で区役所に小言を並べたりした時にも、海外で介護をとのアイデアには担当者も賛同するかのようなごとき発言であった。


私は介護には海外労働者の開放をと従前から意見しているのだが、社会の第一線から身を引いた今となっては
遠吠えそのものである。
日本人介護士の給与を倍増させるか、労働軽減するかの措置が必要だろうと思う。
しかし、日本語検定を通らなければ、外国人は帰国させるなどという閉鎖的な国に身をおいて介護を委ねる訳にもいかない、そう思っている。


だが、何もかも今の生活基盤を廃棄整理してとなると、それも相当なエネルギーが必要だ。
私一人なら、来週にだって渡航出来る知見経験はあるが、現在の状況はそんな単純ではない。
複雑な整理手続き、あるいは周辺の説得も含めて進めねばならない。

来年には海外でなどと夢見たりしているが、現況はセミリタイア海外ロングステイなどと響きのよいものとは
まったく違う世界なのでそれも厳しい。


さて、それもこれも含めて、人生行路を書いていこうと思っていたが、海外生活上の危機管理も
現実に視野に入ってきたので、具体的に書けなくなっている要因だ。
日本人が海外で殺され被害に遭うケースも現地で実際に調べたことがあるので何が危険かは多少は知っているつもりだ。
どこまで書けるだろうかね。手探りだな。


介護と愛犬で今は出口を見つけ難い。
仮に海外でとなれば、それも大きな転機になるだろうけど。






羅針盤のない人生航路 [Life 人生]

海外駐在員なども経験してきた仕事人生。人生を楽しもうと唐突に人生をリセットしてから3年が過ぎた。
アーリーリタイア後はユーラシアを自由気まま、縦横無尽に放浪してきた私であったが・・。

未曾有の惨事とも言われた恐慌的大不況。セミリタイアして投資投機で旅費を稼ぐライフスタイルであれば、
この事態はそれこそパニックであっただろうが、昨春から逸早くショートポジションに切り替えていたので、
資産を喪失する事態は免れた。
それこそ、昨秋から年明けにかけては市場から旅費を恵んでいただきながら、
ロシア、ノルウェー、フィンランド、バルト3国、ベラルーシ、ウクライナ、モロドバ、タイ、台湾と
何と4ヶ月超もの長旅をしていた私だった。
旅先には多数の知人がいて所謂パーマネントトラベラーに近いライフスタイルをこの3年続けてきたのだけれど、
この4月にそんなスタイルを吹っ飛ばしてくれるような事態が起きてしまった。
元々軽い脳梗塞を患っていた母が多発脳梗塞で倒れてしまったのである。

プライバシーの切り売りはしたくないので詳細は避けさせていただくが、今もって入院中である。
そして退院後に待ち構える介護地獄?
そういう言い方は相応しくないことは承知しているが、初めて見聞きする情況は介護をする側にとっては
それこそ未曾有の事態なんである。

正直を言うと通常、退院となれば快気祝いということになるのだろうが、一部肢体不自由と認知症という状況を抱えての
帰宅なのであって、受け入れる私にとっても実を言えば不安だらけだ。
不安というより、恐れに近いものなのかも知れない。
先日までは何も問題なく通常の暮らしをしていた人がもうマトモな行動が出来なくなっている。

介護という問題は高齢化社会に突入して、誰にも身に降り掛かって来る可能性の高い問題だ。
それは親であったり、親戚であったり、配偶者であったり、そして自分にも起きうる事態なのである。
そして身に降り掛かってきた時に初めてこの問題の深刻さを感じるのだろうと思う。

私などこの3年、自由奔放に投資で旅費を稼ぎながら海外を勝手気ままに行動して来たのだが、
まさに急転直下の転機を迎えてしまったのだなあ。

こういう事態というのは一人で考えると実に鬱々としてきてしまう。
有名人でも例えば大島渚監督のご夫人、小山明子さんも監督のリハビリ介護でうつ病になったそうでもあるし、
一人で介護生活に臨むのは3年が限界という話も聞いたことがある。

よって、ここは強力な援軍が必要になったという次第なんである。
とても介助犬を仕立て上げる技量はないが、介助も出来るしフリスビーなど何でも?活躍できる万能犬、
ボーダーコリーに来てもらうことになったのだね。
以前飼っていたシェルティは2年前に他界していたが、今度の子はどんな子なんだろう?
彼女が来てくれるのは2週間後。

さて、組織の一員として働いていた頃は人生の軌道というのはある程度は想定できるものであったが、
次の展開を決めないままセミリタイアしてしまうと、それこそ羅針盤を持たないで遠洋航海に出るようなものだ。
青い空に快適な風を受けて進めば、順風満帆快適な人生航路だが、ひとたび大嵐に遭遇すればひたすら耐え忍ぶしかない。

まあ私の場合、その昔少々ヨットをやっていたこともあり、人生行路というよりは人生航路と表現した方がしっくりくると言うところなんである。
ということで、私の航路という名の人生が何処へ向かって行くのか私にも判然としない。
時に不安も抱えながら時にワクワクもしながら、このブログでもそんな日々に加えて身近なこと、
さらには世界事情も語っていけたらなと思うこの頃である。





間もなくやって来る愛犬の勇姿?
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